Fragments of thought

思索の断片

2026.10.01

会場という庭

「玲瓏の庭」の展示空間と回遊する動線

「玲瓏の庭」を考えるとき、もう一つ大切にしたかったのが、会場そのものを一つの庭として捉えることでした。

シマダイギャラリーには、日本画、書、いけばな、映像、そして建築に関わるものが集まりました。
ただ作品を並べて見てもらうのではなく、そこに入った人がどのように歩き、どこで立ち止まり、
何を見ていくのか。
そんなことを考えながら、会場をつくっていきました。

室内に「回遊する庭」をつくる

庭を歩くとき、決まった順番で景色を見るわけではありません。
歩く場所によって見えるものが変わり、少し立ち止まることで、先ほどとは違う景色に気づくことがあります。

今回の展示でも、そんな「回遊する庭」のような空間をつくれないかと考えました。

絵を見て、花を見る。

そこから映像を見る。

そしてまた絵に戻る。

決まった順路をつくるのではなく、それぞれの作品が少しずつ視界に入り、関係し合うようにする。
そのために、作品と作品の距離や視線の抜け、立ち止まる場所などを考えていきました。


作品と余白

展示をつくっていると、作品そのものだけでなく、その周りにある余白も大切だと分かります。
近すぎると、それぞれの作品が干渉してしまう。

離しすぎると、関係が生まれにくい。
どのくらいの距離がちょうどよいのか。

それは図面だけではなかなか分かりません。
実際に作品を置き、人がその前に立ってみる。
そうすると、図面では見えていなかったことが見えてきます。

「玲瓏の庭」における作品と余白の関係を考える。まだ、建築だけの空間
京都・嶋臺ギャラリーの展示空間

木、石、紙、布、そして生花。

素材の違い、光の当たり方、表面の質感。

それらが実際の空間の中に置かれることで、初めて分かる関係があります。

「玲瓏の庭」の展示空間と回遊する動線

建築でも、壁や床、天井だけで空間が決まるわけではありません。
そこに人が入り、光が入り、使われることで、その場所の意味が変わっていきます。
展示にも、同じようなところがあるように感じました。


会場が変わっていく

準備の途中では、作品の大きさや数、人の動きなど、いろいろな条件が変わっていきました。

そのたびに配置を考え直しました。
最初に考えたものをそのまま完成させるのではなく、実際の場所を見ながら少しずつ調整していく。
そうしているうちに、会場全体が少しずつまとまっていきました。

作品と建築が関わり合う「玲瓏の庭」の展示会場
「玲瓏の庭」の展示会場、シマダイギャラリー巽蔵

庭も、最初からすべてが決まっているものではありません。
季節によって景色が変わり、人が関わることでまた変わっていく。
今回の展示も、準備の段階から、人が入って完成するまで、少しずつ変化していったように思います。

作品と人と建築が互いに作用し、その関係によって一つの場所が生まれる。
その場所そのものを「庭」として考える。
それが、今回の展示で試みたことの一つでした。


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